薬

1998年に起きた「事件」

終末期医療に関するニュースとして、1つ目に紹介するのは「延命治療を中止した医師が殺人罪に問われた」というものです。
これだけではどちらとも判断がつかないでしょうから、内容について簡単に紹介します。

この「事件」は1998年に発生しました。
時期からしてもわかる通り、まだ終末期医療や延命治療、あるいは尊厳死などに対する考え方がそれほど議論されていなかった時代です。
ある意味で、この事件がきっかけとなって終末期医療に関する考え方が発展してきた、とも言えるでしょう。

この事件の被告である女性医師は、意識不明に陥っていた男性の治療に使われていた気道確保のためのチューブを抜き、筋弛緩剤を投与することによって殺害した、とされています。
確かにこの文章だけをみると、彼女は人を殺したことには違いはありません。
しかし、この事件の問題は彼女が何故そうしたのか、という部分にあります。

この事件の被告である女性医師は、この事件のことを語っている書籍を出版しています。
『私がしたことは殺人ですか?』という本に、事件の経緯などを彼女の視点から語ったものが書かれています。
その内容によると、彼女は自発的にこのような延命中止を行ったのではなく、家族からの依頼によって行った、としています。
苦しんでいる姿を見たくない、ということに同意し、苦渋の決断で行ったことが見て取れます。

判決の行方

しかし、この事件の判決は「執行猶予3年・懲役1年6ヶ月」という有罪判決でした。
このことが大きな問題となり「一度延命を始めると終わらせることができなくなる」ということがよく言われるようになったと言えます。
いくら患者が苦しんでいたとしても、延命をやめれば殺人犯になってしまうのでは医師もそれをやめてくれないでしょう。

果たして、この事件は本当に「殺人」だったのでしょうか。
これについては、人それぞれの考え方があるでしょう。
悪法もまた法なり、という言葉がある通り、法律の方が対応していない以上、それにそぐわない行為をしたとなれば罰せられてしまうことは法学的には正しいことです。
しかし、苦しんでいる、助からない人のことを辛いと知りながら延命することは、医学的に見て正しいことなのでしょうか。

医学と法学、さらには哲学や宗教学など、様々な問題がこの事件には絡み合っており、一概には判断できません。
これについては時間を掛けてでも、国内全体の問題として議論を深めていかなければならないでしょう。
「尊厳死」や「安楽死」の議論と同様に「延命中止」の問題を考えて、国民一人一人が死と生に向き合うことが重要です。
まずは自分がどう思うかを考えてみて、それがまとまったら家族や友人と話してみましょう。