海外

国外での考え方

終末期医療に関する考え方は、日本と海外ではかなり大きな違いがあるといえます。
日本は長く「できるだけ長生きさせる」という医療が尊いものであるとして進歩を続けてきました。
その結果、もはや歩くことは出来ず、食事さえ経口で摂取できないために胃瘻を作ってまで延命されている患者というのが大量に存在しています。
いわゆる「寝たきり」状態になっている高齢者が多いのが日本の医療現場における特徴の1つです。

これに対して、実はヨーロッパなどにおいては、このような寝たきり高齢者はほとんどいないと言われています。
といっても、これは当然「本来寝たきりになる人を日常に戻せる」だけの医療技術があるわけではありません。
「寝たきり」になるような治療を行わず、死に向かわせるのが当然である、と考えているわけです。
むしろ、日本のように自分だけでは生命を維持できなくなった状態になってまで生きながらえさせることは、必ずしも高齢者のためではない、という考え方があります。

死に対する倫理観というのは、当然土地や風土、宗教観などによっても違っています。
日本にとって、最も優先するべき考え方が「まだ生きられる命を生きさせる」ことにある、というわけです。
しかし、この極度の高齢化社会である現代において、この考え方について改めて考えなければならない時が来ているのも間違いないでしょう。
そうまでして、生きさせ続けることは本当に良い医療なのでしょうか。

医療費と延命

ただ、海外の終末期医療と日本の終末期医療を比べる場合、単純に倫理観や価値観の問題としてだけで考えるべきではありません。
日本において長い延命が行えている背景には、日本の持っている「国民皆保険制度」という高度な保険制度があることを考えるべきです。
この制度があることによって、日本ではそれほど資産がない人でも延命治療を長きにわたって続ける事ができます。
対して、海外においてはこういったシステムを持っていない国も多く、個人で保険を掛けていない限りそもそも医療費がないために「延命治療を選択出来ない」ケースが多い、ということもこの差の原因の1つとして考えておく必要があります。

日本における本人負担額が少なくなるシステムは素晴らしいものです。
しかし、これが選択の幅をかえって狭めてしまっているとも考えられるでしょう。
今後はこのシステムを維持しつつ、それでいて「本当に本人のためになる治療」はなんなのかを考えるのが重要です。
「クオリティ・オブ・ライフ」(生活の質)の考え方を一人ひとりが持つようになり、命の価値を考えなおしてみることが必要でしょう。