サイト運営者情報

仕事を通して学んだこと

初めまして、本日は当サイト「しあわせターミナル」にアクセスしていただきありがとうございます。
ここでは僭越ながら、運営者である私の情報について自己紹介を致したいと思います。
そんなのどうでもいいよ、と思われるかも知れませんが、どうか1つお付き合い頂ければ幸いです。

私がこのサイトをつくろうと思ったきっかけは、まず私の職業に関係しています。
詳しくは書きませんが、私は「介護職」として仕事をしています。
まだそれほどキャリアが長いわけではありませんが、介護職という仕事を通して、様々なことを学んできました。

介護の仕事は医療の仕事ではありませんから、本当の意味で「死の瞬間」に立ち会うことはほぼありません、少なくとも私はその現場に立ち会ったことはありません。
それでも、「死」というものについて、考えずにはいられない仕事です。
自分がお付き合いをした利用者の方が亡くなった、ということはよくあります。
後期高齢者の方を対象にしている介護であるため、これは仕方がないといえば仕方がないことです。

ただ、その人の死のことを思うと、どうしても考えてしまうことがあります。
「その人は幸せに死ぬ事ができたのだろうか」ということです。
そして、私は介護職であるため、これに加えて「私は幸せな死に関わる事ができただろうか」と同時に思います。
もちろん、利用者の方からすると私なんかは一介の職員であって、それほど気にする相手ではなかったことでしょう、それでも、気にせずにはいられません。

「幸せな死」というものが何か、翻って自分の死の時を思うこともあります。
自分が死ぬ時になって、「幸せだった」と思うことが出来るか、やはり考えてしまうのです。
この考えは私が介護職だからだろう、と長く思っていました。

当サイトについて

しかし、最近になって「終活」というものがよく聞かれるようになり、勇気を持って友人に相談をしてみたことがあります。
最初は「疲れて病んでるんじゃないか」なんて笑われたものですが、真剣に話をしている内に相手も自分の考えを話してくれるようになりました。
彼は「死」については完全にネガティブなものであると考えており、「死ぬのが怖い」というのが根底に存在していると言っていました。

おそらく、これは誰にでも共通していることだと思います。
「死」という根源的恐怖に対して、利知的生命体である私達人間は対抗の術を持ちません。
もし「死」に対して抵抗することが出来るとしたら、それは「自分の内側からの対抗」であるしかない、とこの時改めて思ったのです。

「死」という当然の終わりを受け入れ、それに向けて準備をし、友人や家族を家に招くように穏やかに迎え入れること、それが「幸せな死」の形なのではないか、と私は思っています。
当然、これは私の考え方です。
死に対する考え方は千差万別で、全く同じものはおそらく無いでしょう。

この「しあわせターミナル」は、まだ自分の死を見つめたことがない人、あるいは自分の身近な人の死を見つめたことがない人に向けて、「死」を冷静な目で見つめるための情報源としたい、という思いで運営しております。
恐ろしい死からは目をそらしていたい、という人ももちろん多いことでしょう。
それでも、ほんの少しの勇気を持って、自分の終わりとその向こう側について考えてみませんか?

死というのはすべての終わりではありません、自分がいなくなっても世界は廻り続けます、そのことが「恐怖」の理由の1つなのではないか、と私は思います。
しかし、同時にこれは「希望」でもあります。
自分が死んだとしても、生きているものがあることを考えて、自分の終わりを見つめなおしてみましょう。

ちなみに「しあわせターミナル」のターミナルというのは「ターミナルケア」から来ています。
これは、終末期医療とその看護という意味です。